夫がいないと、生活できない。
扶養の中で働くわたしには、たいした収入もない。
もし夫がいなくなったら、わたしは子どもを抱えて、どうやって生きていくんだろう。
そう考えると、誰かに支えてもらわないと立てない自分が、正直、少し情けなく感じることがあります。
でも、そんなふうに思うようになったのには、理由があります。
夫と付き合っていた頃、わたしは「この人は絶対に浮気をしない」と、根拠のない自信を持っていました。
いわゆる、みんなから「かっこいい」と言われるタイプではない。どちらかといえば、お笑い系。話していて楽しいけれど、「彼氏にするのはちょっとね」と言われるような、友達ポジションの男性でした。
だからなのか、わたしは勝手に安心していたのだと思います。
結婚して1年。ありがたいことに、第一子にも恵まれました。
長女が生後3か月の頃、なんとなく嫌な予感がしたのです。女の勘、というやつです。そして、こういうときの勘は、よく当たる。
すぐに、浮気の証拠を見つけました。
当時は夫の転勤先について行っていて、慣れない土地で、まだ首もすわらない長女を育てる毎日。わたしは、仕事も辞めていました。
一人で子どもを育てていく決断をするには、あまりにも心細かった。
だから、そのときのわたしは、夫を許すという選択をするしかなかったのだと思います。
どこか他人事だと思っていたことが、突然、自分の現実になった。
「もし夫がいなくなったら」——そのとき初めて、その先の生活を、具体的に想像しました。
そして、思ったのです。
もしあのとき、わたしが経済的に自立していたら。自分ひとりでも子どもを育てていけるだけの力があったら。もしかしたら、今とは違う未来を選んでいたのかもしれない、と。
もちろん、あのときの選択を後悔しているわけではありません。今の家族を、否定したいわけでもない。
ただ、あの経験を通して、「自分の足で立てること」の大切さを、身をもって知りました。
「一人で生きていける女になりなさい」
いつだったか、そんな言葉をどこかで目にして、胸を突かれました。
一人で生きていける、というのは、「一人ぼっちで生きろ」という意味じゃない。
誰かに頼らなくても、自分の足で立てること。自分で自分を幸せにできること。わたしは、そういう強さのことなんじゃないかと思っています。
経済的なことだけじゃなく、心も。
「あなたがいないと生きていけない」ではなく、「あなたがいなくても生きていける。でも、あなたと生きていきたい」。
そう言えるほうが、きっと健やかな関係なんですよね。
幸せな状態が、ずっと続くとは限らない
最近、よくそんなことを考えます。
夫婦の仲も、健康も、お金も。今は当たり前にあるものが、この先もずっと続く保証なんて、どこにもありません。
だからこそ、何かが起きても、自分でまた立て直せる自分でいたい。
誰かに支えてもらうことが、悪いわけじゃない。誰かを頼ることだって、もちろんあっていい。
でも、自分の幸せを、誰か一人に預けきってしまうのは、違う気がするのです。
自分の中にも、幸せになれる場所を持っていたい。
それなら、もし何かを失うことがあっても——時間はかかるかもしれないけれど、また自分の足で、歩き出せると思うから。
「いないと困る」ではなく、「一緒にいたい」
自立したいと思うのは、夫が嫌いだからでも、一人になりたいからでもありません。
むしろ、逆です。
「いないと困るから一緒にいる」のではなく、「一緒にいたいから、一緒にいる」。そう胸を張って言える自分になりたい。
そのために、少しずつでいい。
自分で稼ぐ力も。自分の機嫌を、自分でとる力も。一人の時間を楽しむ力も。自分の人生を、自分で選ぶ力も。
少しずつ、育てていきたい。
一人でも幸せでいられる人が、二人ならもっと幸せになれる。わたしは、そんな順番なんじゃないかなと思っています。
まだ、その途中で
正直に言えば、わたしはまだ「一人で生きていける女」には、なれていません。
不安になる夜もあるし、誰かに甘えたくなる日もある。これから先、何が起こるかだって、分かりません。
でも、「そうなりたい」と思えたこと。それだけでも、たぶん、最初の一歩なんだと思います。
誰かに支えてもらうだけじゃなく、自分でも自分を支えられるように。一人でも、立てる自分に。そのうえで、大切な人と、笑い合える自分に。
一人で生きるためじゃなく、大切な人と、より自由に、より対等に生きていくために。
そんな女性に、これからなっていきたいのです。