転勤する夫について行っていたので、当時のわたしは、縁もゆかりもない土地で暮らしていました。知り合いは、一人もいない。実家も遠くて、毎日を長女と二人きりで過ごしていました。
今日は、そんな頃に経験した——断乳の最中に、児童虐待の通報が入った日の話をさせてください。
断乳を決めた日
きっかけは、1歳半健診でした。娘は母乳が大好きで、離乳食をあまり食べていなくて。体重の増えが良くないと指摘され、断乳をすすめられたんです。
心配だったわたしは、断乳を決意しました。
泣き疲れて眠るのを、待つ日々
当時の娘は、母乳を飲みながら眠るスタイル。だから、母乳をもらえなくなった娘は、上手に眠れません。泣き疲れて寝てくれるのを、ただ待つしかありませんでした。
なかなかスムーズには進まなくて、泣き疲れて眠るまで、こちらも抱っこし続けるしかない。毎晩が、忍耐勝負でした。「もう少し成長してからでもいいかな……」と、何度もくじけそうになったのを覚えています。
あの日、インターホンが鳴った
その日も、寝かしつけをしているところでした。
ピンポーン、と、インターホンが鳴ったんです。時刻は、20時くらい。こんな時間に訪ねてくる心当たりは、ありません。
恐る恐るのぞいてみると、そこには名札をつけた、女性二人組の姿がありました。……一瞬で、なぜ訪ねてきたのか、分かってしまいました。
わたしが出ると、こう言われました。「よかったわ〜、お母さん出てくれて。お部屋も真っ暗で、赤ちゃんの泣き声がしてたから……」
ここのところ、毎晩泣き続けていた娘。児童虐待の通報が入った、とのことでした。その時のわたしは、もう放心状態でした。
その夜、わたしは断乳を一度あきらめた
なかなか寝てくれない娘、張って痛い胸。ただでさえ相当まいっていたところに、まさかの"虐待疑惑"です。
今が断乳中であること。母乳が欲しくて、眠るまで泣き続けること。寝かせるために、部屋を暗くしていたこと。——ぜんぶ、正直に話しました。
その日は納得して、いったん帰ってくれました。でも、帰ったあとのわたしは、涙が止まらなくて。あんなに頑張っていた断乳をやめて、娘に母乳をあげてしまいました。
ゴールの見えない、夜のウォーキング
それでも、娘の体重増加は心配だから、断乳はしなければいけません。
次の日から、わたしは夜、抱っこ紐で娘を寝かせるために、寝るまで歩き続けることにしました。抱っこ紐で外に出ると泣かないけれど、いつ寝てくれるかは分からない。
ゴールの見えないウォーキングが、その日の終わりの日課になる。体力的にも、本当にハードな毎日でした。
誰が通報したのか、分からないまま
当時住んでいたのは、ハイツタイプの賃貸。だれが通報したのかは、分かりません。尋ねても、通報した人は開示できないと言われました。
「この人が、わたしのことを虐待してると思ってるのかも」「もしかしたら、この人が通報したのかも」——いつの間にか、同じ建物の人を、そんなふうに見てしまっている自分がいました。
それでも、通報制度は大切。でも
誤解しないでほしいのは、わたしは通報制度を否定したいわけじゃない、ということです。
通報することで、助かる命があります。その助けがなければ、失われていた命もあるかもしれません。誤通報された側にとっては大きな精神的負担だけれど、「もし本当に虐待だったときに、子どもの命を守る」——通報制度は、その大切な目的の上に成り立っています。それは、間違いなく大事なこと。
でも——通報する前に、ほんの少しだけ、お母さんのことも見てくれる人が増えたらな、とも思うんです。
コミュニケーション一つで、解ける誤解もある
最近は、ご近所付き合いが浅いことも多いですよね。賃貸だと、隣にどんな人が住んでいるかも分からない。当時のわたしも、まさにそうでした。ご近所付き合いは、まったくなし。
でも、もし少しでも世間話をする仲だったら。「最近断乳して、夜うるさかったらすみません」——その一言があるかないかで、誤解は生まれずに済んだかもしれません。
ずっと子どもが泣いている家庭があったら、きっと何か理由がある。でも、普段から付き合いがなければ、それは分からない。だからもし、気になる家庭があったら。通報の前に少しだけ、お母さんに話しかけたり、子どもに声をかけたり、様子を見てくれる人が増えたら——そう思うんです。
でも、これは相手にだけ求めることじゃないな、とも思います。当時のわたしも、自分から近所付き合いをしていなかった。「うるさくてすみません」の一言を、自分から言えていたら。相手を待つばかりじゃなくて、わたしにもできたことは、きっとあったはずです。
通報された側は、誤解が解けたあとも、子どもが泣き続けるたびに「また同じことが起きないかな」と不安になります。周囲の目も、少し怖くなる。そうやって、ただでさえ孤独な子育てが、もっと孤独になっていくんです。
だからこそ、ほんの些細な優しさが、心にしみます。散歩中に「可愛いね、何歳?」と話しかけてもらえること。当時のわたしには、そんな一言だけでも、本当にありがたかったんです。
制度の前に、もっと簡単な——コミュニケーション一つで解ける誤解もある。そのことを知ってくれる人が、少しでも増えたらうれしいなと思います。